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2009年5月

2009年5月27日 (水)

水田は浄化装置付き巨大ダムである

川水位と井戸水位

その浄水場には河川敷(専門用語では高水敷というらしい)にある堤外井と浄 水場構内にある構内井とがある。河川敷にある井戸については水利権による 一日の制限水量がある。取水制限の際には制限水量ではなく直近とか前年同 期の実績取水量の五パーセントカットなどとされる。

構内井に余力を残しておくために、堤外井のほうで制限まで目一杯の水量を 取る。取水ポンプの台数を変えると一日に取る取水量の見通しが難しい。そ こでバルブ調整や可変速ポンプによって毎時間流量を一定に保つ。

取水ポンプの入り切りがなくなると井戸水位が急変しない。そうすると河 川水位と井戸水位の関係がよく見えるようになる。川水位の上下につれて井戸 水位も同じように上下に動く。雨が少なく自動的に川の水位も低い渇水期には、 川が下がれば井戸も下がるということが身に沁みて分かるようになる。

川を流れる水と井戸に流れ込む水との間は、一滴も漏らさない鉄壁で遮られて いるのではない。その間には非常にゆっくりとした行き来がある。それにより 川水位と井戸水位が同じ傾向に上下するだろう。

地上に降った雨はゆっくりと地下に染み込んで地下の流れに合流する。地下 の流れは、その周りが乾いてくればゆっくりとその周りへ染み出してゆく。 地上が乾いてくれば上方向へも染み出してゆく。水は乾いているところへ広 がってゆく性質がある。そうすると地下の流れは細る。地上が乾けば地下も 乾く、地上が潤うなら地下も潤うという隣り合わせの関係にある。

堤外井の入り切りで取水量を調節していたときは、その度に井戸水位が急変 動する。川水位と井戸水位が連同していると言い切れない。全体としてはそ の傾向にあることは明かであっても、井戸水位の急変動をどのように均して 比べるかが難しい。ところどころに取水ポンプ入り切りによる井戸水位の急 変動という雑音が入ったデータは処理しにくい。

堤外井取水量を制限量の目一杯だけ取るようになると取水ポンプの入り切り をしなくなる。そのため井戸水位の急変動という雑音がなくなる。川水位の 変動と井戸水位の変動が綺麗に並ぶことが分かるようになる。

井戸のある場所から約500メートル下流に用水の取水堰がある。堰の上げ下 げによって井戸付近の川水位が二、三十センチくらい変動する。これが渇水 期の井戸水位に大きく影響することがはっきりする。

ネット検索をしているうちに次の記事を見つける。周りの水田に水張りする と井戸水位が上がるという。流れているかないかの違いはあっても、川と水 田は同じく水溜めである。

「この水源地では、夏、水の使用量がふえてまいります。それに対して井 戸の水位がどんどんどんどん夏になると上がってくると、そして需要の増大 にうまく対応しているんだ、こういう説明を聞いたことがございます。すな わち、周辺の田んぼ、水路等からの水源の涵養が夏にはなされるわけです」

さらに検索を進めて「水田は浄化装置付き巨大ダム」を見つける。以下に 検索結果を上げる。リンク先だけでなく抜き書きを付ける。他所のページを 読んでみて要点付きのリンクのほうがありがたいと思うから。ジャンプした 先が長文の場合は該当箇所を探すのがやっかいである。

水源涵養

「昨年の渇水の経験で、今高梁川が43%にも高い利用率にもなっておると。 これ以上ダムをつくって水利権をふやせば、渇水したときに水争いが激しく なる。このことがはっきりしてきたのではないでしょうか。何よりも上流の 水源涵養を大きくすることが求められています。今、経済局で水源涵養林を 管理しておりますが、水の保持力が大きな広葉樹を植えるとか、その水源涵 養林をもっと拡大していくとか、こういう問題が考えられてもよいのではな いかと思いますが、所見を伺いたいと思います。

また、地下水、伏流水の水源は、それを含む一帯の降雨、河川水、ため池、 水田、そうした水で涵養をされております。現に備南水道、酒津にあります が、この水源地では、夏、水の使用量がふえてまいります。それに対して井 戸の水位がどんどんどんどん夏になると上がってくると、そして需要の増大 にうまく対応しているんだ、こういう説明を聞いたことがございます。すな わち、周辺の田んぼ、水路等からの水源の涵養が夏にはなされるわけです。 こうした周辺の自然保護は、倉敷市にとっても最重要政策ではないでしょう か。

節水型の町づくりは、渇水がなくても必要であります。限りのある自然を利 用するわけですし、水は循環する資源としての特性を生かせば、その利用は 無限であります。今回、渇水による減収という問題で水道事業の根本を見直 し、住民本位の水道行政を強く求めて質問としたいと思います」

この議事録は平成7年とある。前年の平成6年は断水もある大渇水の年である。 その議事録を14年後に読む。グーグル検索がなければ気付くことはなかった であろう。それよりなにより14年前の議事録が今でもネット上にあることが 素晴らしい。

日本で最初のホームページが発信されたのは平成4年のことらしい。それか らすると平成7年の議事録がインターネット上にあることは驚くべきことかも しれない。

  • 日本最初のホームページ
    http://www.ibarakiken.gr.jp/www/
    「みなさん ご存知でしたか?日本で最初にホームページが発信されたのは 1992年9月30日のことでした。」
  • 株式会社 議事録発行センター(岡山市)
    http://www.gijiroku.co.jp/

自然のしくみを取り戻す 田んぼが地下水の生みの親

「地下水を”育てる”

しかし、この六郷町にも1975年ごろから水の危機の兆しが出始めた。清水が 枯れたり、井戸が枯れる家が出てきたりした。80年に広い水田地帯で圃場整 備が完了すると、地下水枯れがひどくなった。そこで秋田大学の肥田登教授 らと町とが共同で地下水調査を行うことになった。六郷は、河川がその堆積 物で上流域から下流域にかけて扇のような形につくり上げた扇状地と呼ばれ る地形であり、扇状地は一般的に地下水が豊かな特徴をもつ。肥田教授らは 「六郷扇状地の地下水の動き」を調査し始めた。

その結果、六郷町の湧水群や地下水は、扇状地の先端から中央にかけて広が る水田地帯の水が地下に浸み込み、地層中をゆっくり流れ町がある低い地帯 で湧水として湧き出していることがわかった(左頁図)。水田地帯は透水性 が高い土壌のため「ザル田」と呼ばれ農業者にはデメリットだったが、地下 水にはプラスに働いていたのである。70年代に始まる湧水・井戸枯れは、こ の水田地帯から浸み込む量が減ったことが原因と推測され、最大のものが圃 場整備と考えられた。水を効率的に利用するため、田んぼからの水漏れを減 らし水路をコンクリート三面張りにするためだ。とくに田んぼに水を張らな い冬場の地下水位低下が大きい。

そこで、肥田教授と町は地下水を育てる「人工涵養」を試してみることにし た。85年から収穫後の田んぼを借り上げて起こし、冬の間も灌漑用水を入れ ておく「涵養実験田」。さらに89年から溝状の穴に農業排水を流しておく 「涵養実験溝」を実施し、91年からは扇状地中央部の水田を買い取って5メー トルくらい掘り下げ、そこに農業排水を注ぎ入れて強制的に地下に水を入れ る「地下水強制人工涵養実験田」と呼ぶ方法が始まった。現在、「涵養実験 田」が6ヘクタール、「涵養実験溝」が2カ所、「地下水強制人工涵養実験田」 は4カ所70アールになっている。この3つの方法で年間約118万トン、湧水の4 分の1くらいにもあたる量を涵養している。井戸枯れの声も聞かれなくなっ た。

六郷町役場の担当者、企画課の高橋久也さんは、「水田の涵養効果は金額に すると年間5250万円に相当します。これは新しくダムなどで水源開発するの と比べると4億円以上の節約になるんです。水田が涵養した地下水からは農 薬も検出されず、すばらしい濾過装置として機能しているんですね」と話す。 ちなみに人工涵養にかかる経費は年間1000万円もないという。同じように湧 水の豊かだった福井県大野市でも、地下水の人工涵養の試みが始まっている。

これは、自然の水循環を知ったうえで育てることであり、また最近注目され るようになった水田の多面的機能を生かすことでもある。そのような「自然 とともにある」社会のしくみをつくることで、安いコストでまちの豊かさを 保ちつづけることにつながるのである。」

くまもと「水」検定3級

[問題25]
地下水が減っている主な原因として、間違っているものはどれでしょう?
(1)都市化の進行 (2)水田の畑作への転換 (3)河川の改修
[問題26]
雨を集めて地下にしみ込ませ、地下水をかん養する設備は何というでしょう?
(1)雨水浸透ます (2)下水道 (3)雨水貯留タンク
[問題27]
地下水は、熊本市を含む14の市町村(熊本地域)で共有しています。特に、 雨などがしみ込んで地下水ができる地域は、市外が主です。地下水を守るた め、熊本市が近隣のまちと一緒に取り組んでいることのうち、違うものはど れでしょう?
(1)水源かん養林の整備 (2)転作した水田への水張り (3)温泉の開発」
[問題25] 答え(3)
(1)街が広がり、地面がアスファルトなどでおおわれて雨水が地下にしみ込 みにくくなっています。(2)米の生産調整により水田の約半分が野菜など の畑作に転換し、地下水ができる量が大きく減少してきています。水田 は地下水をつくる重要な役割も果たしています。
[問題26] 答え(1)
(1)今年7月から、住宅を新築する場合などに設置が義務付けられています。 設置には市の補助制度が利用できます。(3)は雨水を貯めて庭の水やりな どに利用する節水のための設備。設置には市の補助制度が利用できます。
[問題27] 答え(3)
(1)白川上流域などで水をたくわえる水源かん養林の整備を進めています。 (2)白川中流域の大津町や菊陽町などと協力し、畑作に変わった水田への水 張りを進め、地下水量の回復に取り組んでいます。

水田による水源涵養

  • 水田は、雨水の一時貯留による洪水防止機能、灌漑用水による地下水 涵養等、地域の水循環に大きな役割を果たしていると言われている。
  • 水田における水収支を見ると、湛水された灌漑用水の多くは稲作期に地 下に浸透し、その一部は地下水として深部に浸透する。(稲作期における水 田では、20mm/日程度減水し、そのうち15mm/日程度が地下水として浸透する のが平均的)
  • また、水田と地下水位の関係を見ると、地下水位は湛水が始まる4月下旬 から上昇し、湛水を終える10月頃から低下していることが分かる。
  • 通常の稲作では稲刈り備え落水し、代掻きまで乾田状態となるが、冬期 に湛水することで地下水の涵養に貢献することができる。
  • しかしながら、水源涵養とあわせて国土保全等の効果を有する森林の整 備・保全と比べれば、環境保全に資する複合的な効果は少なく、優先的に実 施すべき対策とまでは言えない。

地下水涵養実験計画書

「庄川扇状地では、豊かな水資源を背景として古くから地下水利用が盛んで あるが、一方では、扇頂~扇央で長期的な地下水位低下傾向が認められてい る。

このような扇状地水環境の現状と課題を踏まえ、幾つかの水環境保全対策案 としてその効果をシミュレーションした。そのうちの地下水涵養について、 非かんがい期の水田を利用した地下水涵養実験を行い、効果について検討す るものである。」

水田による地下水涵養

「(元東海大学教授)柴崎先生は今回のフォーラムで、水田の地下水涵養を強 調しました。農薬や肥料の窒素の問題も、水田の場合は地下水汚染につなが らないのだそうです。

90万人の生活用水を地下水でまかなっている熊本では涵養源をつくりだす水 田保護政策を市民と農協、行政などが一緒になってやりはじめているとおう かがいしました。減反、自由化、宅地化で、これ以上水田を失っていくこと は、コメ文化を育んできた庄内の「命」にかかわる事ではないでしょうか。 庄内の歴史ある水田を「水を守る」立場でも保全する政策が必要だと考えま す。

灌漑期には、水が保証される水田を持つ赤川扇状地全体が、地下水を涵養す る大きなダムの役割をし、丁度水が集まる非常に優れた位置にある水源地と 柴崎先生は高く評価されていました。そして、当時の膨大な調査とシミュレー ションのデータは、世界でこの鶴岡が初めてだったとの事です。

地下水を中心とした健全な水循環は持続的発展を目指す社会にとっても欠か せない要素。貴重な赤川扇状地の地下水資源をしっかりと認識し、保全、活 用する事が将来的にも有効と考えます。将来的にも鶴岡には水田のダムで十 分ではないでしょうか。みなさんはどうお考えになりますか。」

地下水を増やすためには

~地下水を増やすためには~

(地下水の量)=(雨水が染み込む量)-(使用量)

地下水の量は、雨水の染み込む量が多いほど、水の使用量が少ないほど増え るということになる。

(山林や田畑に染み込む量)>(建物や舗装道に染み込む量)

開発が進むと、地下水の量が減少するとともに、雨水が側溝や河川に一気に 流れ込み、河川の氾濫や水害も増加する。雨水を染み込ませる山林や田畑 (涵養域:かんよういき)を多く確保することが必要となる。地下水を増や すことは、水害防止や、地盤沈下防止にも役立つ。もちろん、無駄に地下水 をくみ上げないことも重要である。地下水を増やすためには、「無駄遣いを やめる」、「涵養域を増やす」のが一番だが、涵養域は増えるどころか減っ ている。

水田は涵養域でもありダムの役割も果たしています。 しかし、農業人口の 減少や休耕田などで水田の耕作面積も減少しています。

水田は浄化装置付き巨大ダム

「河川水は潅漑期、大半を農業用水として水路に導かれる。水田 に入れら れた水はゆっくりと地下水に移行する。この時に浄化される。地下に移行し た水は下流で再び河川に湧き水として復水する。これが水田の浄化作用 で ある。河川の水が保たれているのは、地下水とのバランスによる。地下水位 が低下すると、河川水は地下水となり、これを回復しようとする。それでも 地下水 位が低下した場合、河川水はやせ細り、ついには断流する。勿論都 市近郊では河川水は汚濁しており、川底は汚泥で目詰まりしているから、簡 単には地下に移行 しない。時 々ブルで表面を掻き取って、水を地下に浸透 させ、井戸の水量を確保しているというのは、実際行われていることである。

自然の洗浄は洪水がこれを行う。洪水が河川環境を守り、地下水を確保する。 これは別に議論したい。

水田の効用は浄化ばかりでない。水田に流された水は地下水となるとはい え、極めて穏 やかに地下水になる。河川水を放置しておけばその日の間に 海に流れ出してしまうが、水田に入れると月を越えてゆっくりと流れ出すの である。水田は巨大なダ ムである。」

井戸神話と植林神話

水源涵養のための植林について興味深い記事を見つける。

「現在、さまざまなかたちの国際支援が実施されています。おそらく、支援 が長引けば長引くほど、それぞれの地域に内在する論理と、国際的に通用す ると想定されている論理との間で、矛盾が露出することでしょう。実は、恒 常的に顕在している環境問題に対して実施される国際協力においては、そう した矛盾もまた恒常的に顕在しているのです。

たとえば、井戸掘削や植林。誰もが善行として疑わないこれらの活動には、 実は大きな落とし穴が見え隠れしています。この落とし穴をはっきりと指し 示すことを、私は「神話の解体」と呼んでいます。

「井戸神話」も「植林神話」も、そもそも「水利の推理」にこそ問題がある。 言い換えれば、水利を正しく推理することによって神話は解体されるでしょ う。

なぜ「水利の推理」に問題があるのか。いずれの神話においても、乾燥地域 の水利について、湿潤な地域に住む私たちが、その生活経験から推理してし まうところに問題があるのです。」

「比較的多雨なわが国でも、「植林神話」が大問題となったことがありまし た。明治中期から昭和初期にかけてのこと、瀬戸内地方ではげ山への植林が 大きく育つにつれてため池や小流域の渇水が頻発し、農民が森林へ放火した り、保安林の解除・伐採を求める行動が起こりました。『農業土木研究』誌 をも舞台として、森林は水源を涵養するのか涸らすのかといった論争が行わ れています。

この事件、本来少雨の瀬戸内以外にはあまり例がないようです。ところが同 じ時期の西欧諸国やその植民地では、より大規模に同様の事態が生じていま した。19世紀の初め頃までに荒廃した森林資源の回復のために植林が進め られ、それに伴い河川の水量が減少したり、水位低下で船の航行に支障が出 たりという現象も出てきました。狭い島国のごく一部の地域で起きた事件と 世界史がシンクロしたのです。もっとも、国内でマイナーだったせいか、 「農業水文学」を称する本にはあまり出てきませんが。」

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2009年5月20日 (水)

伊能忠敬の歩幅は69センチメートル

伊能忠敬の歩幅は69センチメートル

歩幅について

「品川駅から降りてすぐのインターシティにはユニークな看板があります。 これはYKKのショールームへ向かう看板なんですが、こう書いてあります。

あと222歩
やく165メートル

「なんて中途半端な!」って思いませんか?もっと先に進むと、こうなりま す。

あと137歩
やく102メートル

だいぶ近くなりましたね。実際にショールームは訪れたことはありませんが、 一度通るだけでこの看板の印象が残ります。ちなみに、この歩数と距離から 歩幅を計算してみると約74センチ。この歩幅は成人男性の歩幅に近いもので、 つまり成人男性を基準にしてこの看板は作られているわけです。」

日本人の歩くスピードと標準的な歩幅(宮下、1992年)
歩く速さ歩幅÷身長身長165cmの歩幅
普通に歩く(70m/分)37%61cm
やや、速く歩く(90m/分)45%74cm
できるだけ速く歩く(110m/分)50%83cm

歩幅をはかる

倉敷ツーデーマーチの疲れがとれてからの最初のウォーキングで歩数計を買 いにゆく。片道およそ一時間半の六キロくらいと思う。

買ったのはオムロンの最新型hj305ではなく、その旧モデルと思われる hj301であった。どれにしようかとネットで検索したがこれと決めるまでにな らない。何種類もあるだろうから実物を見て考えようにする。ホームセンター は広すぎて何処にあるのか分からない。となりにあるチェーン店のくすり屋を 見る。種類は少ない。売れ筋しか置いてない感じである。

板状チューインガムの大きさでポケットに入れても首からぶら下げてもカバ ンに入れてもよいというオムロンの歩数計をメインに並べている。腰のベル トに装着するタイプは避けたい。トイレで落とすおそれがあるから。

オムロンにはヘルスカウンタと呼ばれる上位機種もある。パソコンにつな げてデータ処理できるらしい。こちらはストップウォッチ風の丸形である。 胸ポケットに入れるなら板状チューインガム形のスリムがいい。

この歩数計は歩数だけではなく歩行距離や消費カロリーを表示するようになっ ている。そのために身長・体重と歩幅をセットしなければならない。歩幅は どれくらいにセットしようか。直立姿勢から一歩踏み出してメジャーを当て ると四十五センチくらいある。歩幅をセットしないことには歩数計として働 かない。とりあえず歩幅四十五センチをセットする。

最初は歩数だけを見ていたが距離が気になるようになる。歩いた距離が少い と感じる。直立から一歩だけ踏み出した静止状態での歩幅ではまずいようで ある。

歩数計のマニュアルにしたがって実際に十歩を歩いてみる。巻尺がいる。た しか十メートルものがある。あっても探しだすのが面倒である。だから二メー トルのメジャーによる一歩だけ測りで誤魔化したのである。

実測では十歩で七メートルくらいになる。ネット検索によると伊能忠敬の歩 幅が六十九センチ、背丈は百六十センチであったらしい。先人に敬意を表し て六十九センチに変更する。

この歩数計は過去七日分のデータ履歴を表示できる。歩幅を変更しても過去 データは変更されないらしい。おそらく午前零時に歩数をリセットする際に 新しい歩幅を読み込むのであろう。設定値が有効になるのは翌日分からにな る。

ウォーキングの適切な歩幅については二通りの説がある。一つは身長から百 センチを引いたもの、もう一つは身長の四十五パーセントというものである。

どちらにしても大人であれば四十五センチよりは六十九センチのほうが相応 しい。歩数計が受け付ける歩幅は三十センチから百二十センチという。その 中央は七十五センチになる。こちらはイイ線であるがマニュアルの例題55cm は適切といえない。

オムロンの歩数計hj305で設定できる歩幅は30センチメートルから120 セン チメートルの範囲である。

歩幅の測り方
つま先からつま先までが正しい歩幅です。正確に平均歩幅を知るには、10歩 だけ歩いた合計距離を歩数(10)で割ります。下の式のように計算してくだ さい。

5.5 m(合計距離)÷ 10 歩(歩数)= 0.55 m(55 cm)
例:5.5 m 歩いた場合

帽子クリップ

風が強い日には帽子を飛ばされるおそれがある。頭から外れた帽子が飛んで いかないように帽子のつばと襟もとを洗濯ばさみのようなクリップが両端に ついた紐で結ぶ。さてその名前が分からない。帽子とひもをキーワードにし て検索したら「帽子クリップ」が引っ掛かる。百円ショップで売っているら し。ダイソーで調達できたという報告がある。

四月になり日射しが強くなったので帽子を買う。帽子売り場にお目当ての帽 子クリップがあるのに気付く。八百円する。風にやられて帽子を台無しにす るよりは安い。強い風の度に帽子を押さえる煩わしさを思えば「即、買い」 である。

瀬戸内倉敷ツーデーマーチに参加したとき帽子クリップをしている人を見る。 雨上がりで風が強かった。ウォーキングに慣れた人は便利なものを使ってい るなと思う。いよいよ帽子を買う段になって帽子クリップを検索したのであ る。

実際に強風で困ったことがなければ気付かない。飛ばされたくなくてリュッ クに帽子を放り込んだのでは何のための帽子か分からない。

ダイソーのホームページから「帽子クリップ」、「帽子止め、「cap clip」 を検索してもヒットしない。

ウォーキングはサイクリングより疲れる

平成21年4月15日(水)午前中に約十六キロを四時間くらいかけて歩く。午前 九時出発で午後一時に歩きをやめる。そこからは車で自宅まで戻る。都合に より全行程が徒歩ではなかった。疲れはあるものの足に痛みはない。

午後四時から八キロくらいのところに用事ができる。徒歩では時間的に無理 があるので自転車を使う。実は自転車に乗るのは久し振りである。平成21年 3月14日(土)の瀬戸内倉敷ツーデーマーチ以後は自転車での遠乗りをしてい ない。それまでは自転車で出掛けていた場所へ歩いて出掛けるようにしてい る。自転車ほど遠いところへは行けない。近場で済ましていた。

午前にウォーキングをして午後はサイクリングする。自転車は本当に速いな と感じる。それよりなにより、サイクリングはウォーキングに比べてズーッ とズーッと楽なことに驚く。ペダル漕ぎを止めても惰性で十メートルや二十 メートルは楽々と進む。その間は腰掛けて休んでいるではないか。ウォーキ ングで足の動きを止めたら即刻停止である。乗客が仕事してなくても自転車 は距離を稼ぐ。何せ自転車は楽なのである。

我が家の隣に住んでいる小父さんは歩きに苦労している。杖なしの手ぶらで はヨチヨチ歩きになる。歩行器を使って自宅から五百メートルまでくらいを 往復する歩行練習をしている。

乳母車を小型にしたような老人車と呼ばれる略式の歩行器ではなく医療用の 本格的な歩行器である。老人車だと杖代りくらいだが医療用歩行器は前と横 に使用者を取り囲む手摺りがある。手で横棒をつかむだけではなく肘掛けに 身体をあずけることができる。歩行器もろとも転倒するなんてことは絶対に ない大きさと頑丈さを備える。

自分の足ではヨチヨチ歩きしかできない小父さんが自転車に乗る。今日午前 中のウォーキングを始めた途中で小父さんとすれ違う。ゆっくりではあるが ちゃんと自転車を漕いでいる。覚つかない歩きしかできなくても自転車では 外出していると聞いてた。実際にその場面を見る。

歩行器のときは脳卒中予後のリハビリに励んでいるかのように見えるあの小 父さんが自転車でスイスイ進んでいる。聞くところによると自転車から降り てスーパーで買い物をするときは気の毒なくらいのヨチヨチ歩きに戻るそう である。自転車ならカクシャクとする。

そうか自転車は歩きよりはるかに楽なのである。でなければヨチヨチ歩きの 小父さんが自転車を漕げるわけがない。

自転車に乗ることはいい運動になると思ってた。ゆっくり歩くウォーキング は運動のうちに入らない。サイクリングに比べればウォーキングは軽いもの と思う。この勘違いのお陰でいきなり四十キロの倉敷ツーデーマーチに参加 する。

ゴール後は足の痛みでヨチヨチ歩きしかできなかった。それでも自転車を四 十分くらい漕いで帰宅する。上記の隣の小父さんと事情は一緒である。ここ でハタと気がつく。自転車で四十キロ走ってもこんな痛みが足にくることは ないはずである。

ウォーキングはサイクリングよりはるかにハードである。百八十度転回の宗 旨変えをすることになる。自転車で徒歩と同じくらいの運動をこなそうとす ると相当なスピードで走らなければならない。そんな高スピードで走れる場 所はほとんどない。平坦であって横合いから何も飛び出してこないような真っ 直ぐな道はない。普段の自転車乗りはそれほどの運動になっていない。

自転車は段差に弱い。ガクンガクンと来そうなところではスピードダウンす る。そうしないとお尻にくる衝撃が痛い。どうしてもゆっくりしか走れない。

現在は歩道と車道の段差はできるだけ滑かにつながるように作られている。 昔は自転車を拒否する五センチくらいの段差が普通であった。歩道を自転車 が通行できるようになってから段差は解消したようである。

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2009年5月 3日 (日)

茶屋町歩こう会(宗道桜)

茶屋町歩こう会(宗道桜)

平成21年4月18日(土)
宗堂桜とキリンビール岡山工場
茶屋町学区コミュニティ協議会、茶屋町学区体育振興会主催
参加53名、午前九時茶屋町駅前おにの広場集合

たぶん茶屋町歩こう会という会(団体)はない。団体行動のための仮の名前で ある。たとえば集合を掛けるとき「茶屋町歩こう会の皆さーん」と呼び掛け られる。「チャヤマチのミナサーン」という呼び掛けもあったがどうもシッ クリこない。

茶屋町学区外(そのうえ市外でもある)からの参加だったので、情報は茶屋町 駅前鬼の広場の立て看板しかない。宗堂桜が何処にあるのか分からない。二、 三日前の地元新聞に載っていた記事で瀬戸町と知る。

集合時間より早いのは構わないと八時半頃にゆく。黄色の目立つスタッフジャ ンパーを着た四、五人がいる。今日ウォーキングがあることは確かである。 一目で関係者と分かる人達がいることに安心する。地区外の私には知ってい る人はいない。

事前申し込みはなかったようで、今日は53人で多くの参加者になっていると スタッフの人がいう。あまりにも集まりが少なくて中止しようかということ もあったらしい。朝から風なく青空のよい天気であったのが幸いする。

実は昼食の弁当を持ってない。茶屋町駅のコンビニで買おうとする。そのた め早めに出掛ける。茶屋町駅か岡山駅の売店または万富駅近くのコンビニで 昼食弁当を調達できるとスタッフの人が説明する。ちゃんと事前調査されて いる。宗堂桜のあとでキリンビールに行くと聞く。エーッそれは想定外であ る。立て看板には書かれていない。なんとビールが飲めるのか、嬉しい。

万富駅まで片道570円の往復切符を買う。万富駅のすぐ裏にキリンビールの 工場がある。ここまで来て素通りしてはいけない。立ち寄るしかない。事前 に見た地図は宗堂地区が右上隅にあったため隣りの瀬戸駅から歩くのかと早 合点していた。地図を見直すと万富駅のほうが近い。ウォーキングできさえ すればよい。どこに行くかはあまり考えていない。

なによりも地区外の者が参加してよいかが気にかかっていた。べつに問題は ない。よそのウォーキング会でも事前申し込みなしの当日の飛び入り参加か ら主催団体の会員になっていったりするらしい。

茶屋町駅9時33分発、岡山駅10時14分発、万富駅10時36分着

11:30宗堂桜駐車場着、昼食・休憩

宗堂桜の言われについて次のページが詳しい。帰宅後に見つける。

12:15キリンビール岡山工場に向けて出 発、13時頃工場到着、14時半頃工場出発。

主催者としては参加者が多過ぎず少なすぎずの適度な人数がよい。あまりに 少ないと元気がでない。当日朝でないと何人の参加になるかが分からない。 キリンビール工場の見学予約が曖昧にしかできない。53人同時の見学は難し いということで二つにに分かれることになる。他にも個人での予約があった ようで茶屋町歩こう会だけとはいかない事情もあったらしい。宗堂桜からの 出発を少し遅らせて三十分違いの二班見学となる。

万富駅前に営業所を構える構内タクシーの名前がキリンタクシーとあっ た。キリンビールを意識した企業城下町風の名前に脱帽する。こんなに分か りやすくてうなずける名前はない。

  • 工場見学と試飲で60分かかる。
  • 新幹線岡山開業1972年と同じ年に岡山工場が竣工したという。
  • 135ml缶は岡山工場だけで作っている。

試飲にはおかわり券が付いている。実はおかわり券を同行者からもらって しまう。三杯飲めると嬉しく思ったのだが、そうはいかなかった。三百五十 ミリリットル二本くらいで止まってしまう。昼食がお握り二個とメロンパン だったせいか酔っ払ってしまう。三杯目はやめる。もっと若いときならば飲 めたのに、残念。

試飲会場のとなりでお土産を買う。そう、日本人はお土産を買わなければな らない。お土産民族である。自分を送り出しれくれた家族への感謝の気持ち を土産に込める。遠来の旅人を気持ちよく迎えてくれた旅先の人々へのお礼 という意味合いもある。

「お土産は『宮笥 みやげ』と書いたのです。つまり神札をはった板のこと だったのです。その昔、伊勢参りなど、村を代表してお宮参りをした人が村 人のために買って帰ったのがこの『宮笥』だったのです。当時は、村の外に は邪気悪霊がウヨウヨしていると考えられていた時代です。村を代表してお 参りする男性に、村人たちは賽銭を渡して自分の祈願を頼んだのでした。こ れが餞別の風習の始まりといわれています。そして神社にたどり着いた男性 は、その餞別で村人のぶんの『宮笥』を買って帰ったのでした。」

次のお伊勢講のページからも土産がよみとれる。土産はふところの許すかぎ りいくらでも買い込む。アー、あのとき買っとけばよかったよりは「余った か、ワハッハー」のほうが気持ちよい。残ったら自家消費する。

「当時の庶民にとって伊勢までの旅費は、相当な負担であった。日常生活で はそれだけの大金を用意するのは困難である。そこで生み出されたのが「お 伊勢講」と言う仕組みである。「講」の所属者はそれぞれお金を出し合い、 それを合わせて旅行費に充当する。積立金から「講」に所属する農地や財産 を置く場合があった。誰が行くかは「くじ引き」で決められる仕組みだが、 「講」の全員がいつかは当たるよう配慮されていた様である。くじ引きの結 果、選ばれた者は、「講」の代表として伊勢へ旅立つ、旅の期間は農閑期が 利用される。

出発にあたっては盛大な見送りの儀式が行われる。また地元においても道中 の安全が祈願される。参拝者は道中観光しつつ、伊勢では代参者として皆の 事を祈り、土産として御祓いや新品種の農作物の種子、松阪や京都の織物な どの伊勢近隣や道中の名産品や最新の物産(軽くてかさばらず、壊れないも のがよく買われた)を購入する。無事帰ると、帰還の祝いが行われる。江戸 の人々が貧しくとも一生に一度は旅行できたのは、この「講」の仕組みによ るところが大きいだろう。」

土産はそれを買うタイミングが難しい。早々に買ってしまうと旅の間中ぶら 下げて歩く。忘れ物になるかもしれない。かと言って先延ばしするとチャン スを逃がす。ひらめいたときに迷わず買う。

今回の宗堂桜ウォーキングでは土産を買えるところはないと思っていた。ブ ルワリー(ビール醸造所)やワイナリーとか清酒醸造元の見学ならば必ず土産 物を売っている。少くとも自社製品はある。午後二時で見学・試飲は終る。 早速みやげを買う。第二班の三十分遅れの待ち時間をソファーで休む。ほろ 酔い機嫌が心地良い。

万富駅に帰り着いたときキリンビールのワゴン車が駅頭から出てゆくのを見 る。どうやら見学者の迎えらしい。乗客は二、三人くらいと見る。ここまで 丁寧に見学者を受け入れるサービスはいいですね。

万富駅15時9分発、岡山駅15時42分発、茶屋町15時56分着。

帰宅後の歩数計は約九キロ、一万三千歩になっていた。

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